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自問自答

バリウム検査

久しぶりに健康診断を受けました。

 

胃のバリウム検査は初めて受けました。腸のバリウム検査は、子供の頃にあった繰り返す不調のせいで経験済みだったのですが、飲むタイプのバリウムは初めて。

 

バリウムは、昔に比べ飲みやすくなっているらしく、なんの抵抗もなく飲めました。説明でゲップを我慢するよう言われましたが、我慢も何も、膨らんだ感じはなく追加を摂取しましたが、全く変化なく。むしろ、炭酸の粉を少量の白い液体で流し込む方が大変でした。

 

喉に付いた粉にむせるのを我慢しながら、技師に誘導されながら身体を左右捻ったり動かし、逆さにもされ、「これ、高齢者には無理だな」などと考えながら、台の上を転がり周りました。

 

 

断薬してから5年になるかな。検査後、下剤を渡され渋々受け取りました。「そもそも異物(バリウム)を身体にいれることにも抵抗あるのに、薬まで飲むのぉ」3杯の水と錠剤を流し込み、残りの検査を受けて終了。

 

無料の軽食券を受け取りましたが、昨晩振りの食事を粗末なサンドウィッチで終わらせるのは嫌で、暖かな優しい食事を求め、施設を後にしました。

 

うどん屋さんを探したけど、適当なのが見当たらずパスタ屋へ。食事が終わるころに催しトイレへ。数分で落ち着き、予約していた美容院へ行き、平然と帰路につきました。

 

自宅で夕食。何時頃からか頭痛が起きていました。検査後から、気温のせいか寒くて、それも相まってだと思います。

 

疲労と頭痛でベッドに倒れ込み、スマホを見るとホメオパスの先輩から連絡が。それに返信しつつ、話題に集中できないほど頭痛と吐き気が出てきて、症状について相談してみることに。

 

しかし、症状像が大切なホメオパシー。未熟だからか、専属ホメオパスがいるからか、処方はしてもらえず、身体を休めることに。

 

でも、症状を見つめたからか、落ち着きがなくなるほど症状は悪化。

 

「もうダメ」

苦しい雰囲気を察した母が、部屋を覗きにきました。私は専属ホメオパスに、手短な文章で状態を入力でしてメールを送信。

 

数分後に指示があり、レメディを摂って数分改善。でもすぐ症状が現れて、すぐさま追加摂取。すると、吐き気は最高潮に‼️トイレへ駆け込みました。

 

食べたモノを全部出してスッキリ。

アナフィラキシーなのかな。でも、検査は昼です。私の身体は異物(バリウム)を腸まで受け入れるを拒否したんだろうな。正常な反応だと思うのです。同じ学びを持っている方と議論してみたいな。

 

 

時々、バリウムに対するアレルギーで私のような反応を起こす人もいるらしく、次回からは検査をするなら胃カメラを使うことになるようです。その方が私的にもいい。無駄な検査したくない(苦笑)

 

いびつ

2日目。

 

学びの後は、お食事タイムでした。

 

みんな森井先生のカリスマ性に感動して褒めちぎりでした。

 

でも、私は同調できなくて…

 

勇気を出して

「そうかなー。わからない」

って言ってしまいました。

 

「なぜ?!どこが?!」

と聞かれて

 

「いや、それは多分、私の影の部分で、本当に素晴らしい方だと思うので…

なんだか、恥ずかしい。ごめんない」

そう答えるのがやっとでした。

 

「なぜ?みんな、自由な感想を素直に述べているだけ。あなたの感想を聞きたい!」

そう言ってもらって。

 

でも、具体的に説明ができなくて、困りました。

 

その後もいろんな話をして、

その会話を振り返りながら、本音でいろいろ話せたことに、感謝しました。

 

帰り道、一人でいろいろ振り返りました。

講座の内容や、お食事会での雑談の内容。

 

そして、綺麗な映像。完璧に作られたスライド。

 

「ああ」

私は、その完璧なまでの美しさに、いびつさを感じたのだと、気づきました。

 

とても完璧で、マネできないほどに完璧。

隙がないほどに完璧。

それは、不自然なまでに完璧でした。

 

先生は、冬の八ヶ岳に登り過ごすそうです。

冬の八ヶ岳は雪に覆われた白銀の世界。

誰も足を踏み入れた事がないような、美しい世界。

 

それは、先生とそっくりでした。

 

 

なかなかお目にかかれない白銀の世界は、私の知る自然界にありふれる「自然」ではなく、お目にかかれない「自然」でした。

 

 

先生の学びは、私たちが学んでいる基礎を網羅して、イレギュラーにも対応し、日々が難題の連続。

 

 

きっと、私には別世界過ぎて、いびつに映ったのかもしれません。

私は、凡人でいいなーって思ったんです。

 

でも、尊敬と、前を歩いてくれることに感謝したいと思います。

 

本、読まないとな。

 

 

病を診る

森井啓二先生のセミナーに参加してきました。

 

森井先生は、獣医師で、さまざまな治療法を使って多くの難病の動物を助けておられます。

 

だから、森井先生のところには、大学病院からも紹介でこられるんだそうです。普通、逆ですよね。

 

 

今日はたくさんの症例を中心に、ホメオパシーができることを、たくさん教わりました。

 

症例は癌が中心でした。

余命いくばくもない命を、完治(癌の消滅)まで治療します。手術なしに。

 

抗がん剤はほとんど効果がありません。

進行を一時的に止めるだけです。

でも使うのが常識ですからね、使わない治療は受け入れられにくいようです。その「使う常識」は素人の常識(医者ではない人)なのですが。

 

でも、癌で亡くなった歌舞伎役者の奥様も、一般治療は受けていなかったそうな。(母情報)

 

ある先生は言っていました。

「死亡率は100%」命あるものはみんな死ぬ、という意味です。

 

いかに生きるか。が重要ですよね。

 

病気を治すには、支えてくれる人の存在も重要で、コンサルテーションを長くしっかりすることだけでも変わってくるようです。

 

ツールドフランスで有名なランス・アームストロング選手の話は印象的でした。

 

 

 

取り留めもない感想になってしまいました。

 

私は、使い方によっては、命を助けることもできる。そんな凄いことを学んでいるんだな。

って思います。

 

たぶん私のところには、そんな重症患者はこないけれど、命を根本から癒すことを目的として、誰かと関わっていくと思います。

 

そういう仕事と縁が持てたこと。

その縁が、スッと手の中に入ってきたから私の仕事になったんだと思う。それがわたしの試練なのだと思う。

その試練に感謝するし、やり遂げたいと思います。

ことわざ

最近、よく思う事がある

 

 

案ずるより生むが易し

 

 

百聞は一見にしかず

 

 

要するに、何もやらずに

分かったような気になってはいけない。

 

そう思うのです。

 

行動起こさず、先入観で判断して、

良いことと巡り合うチャンスを逃すより、

 

試してみて判断すること。

 

でも見極めは大切だと思う。

 

試すと判断したのは自分だから、

責任をもって。

 

 

ことわざって面白い!

為になる。

 

本、買おうかな…

向き合う

ホメオパシーを学んで2年が経過。

 

同僚が、原因不明の咳と痰に悩まされ、現代医学でお薬、漢方を試しても良くならないので、ホメオパシーを試して頂くことになりました。

 

ホメオパシーは全体を診る治療法なので、問診が大切です。特徴的な症状がキーになります。

 

咳がでて、痰が出る。

これはよくある症状なので、その症状だけで何千種類あるレメディの中から選び出すことは困難です。

 

いわゆる咳や痰という症状の他に、どんな咳なのか?コンコンと短い咳、ゼーゼー音がする咳。痰も、黄色く硬い、白く泡っぽい。などいろいろヒントにします。

 

また、彼女は「空気」に敏感で、こもった部屋で症状が悪化する、など様々なことをヒントにしながら、レメディを考えました。

 

処方してから、些細なことをキッカケに、やりたい事も手を止めないといけない程、一日中出ていた咳が減り、ひどい時もあるけれどマシな時間もある状態にまで改善しました。

 

「空気」をキッカケに出ていた咳は治り、同時にボーとして集中力がなかったような感じもなく、意識もはっきり、仕事のミスも減ってきました。

 

次は、食後や午前中に集中して出るようになりました。咳がでるキッカケは「空気」ではなくなり、何がキッカケになって出るのかわからなくなってきました。

 

 

治療を進めるのに、その人が何をどう感じているか?その全体が非常に重要です。

 

敏感で話し好きな人だと、細かいことなど全て話してくれるのですが、彼女はそういうタイプではありません。

 

症状について聞くと、それまで治っていた咳が始まり、「忘れよう!忘れよう!」と心を切り替えてしまい、症状と向き合わなくなります。

これが、その方の特徴なのですが…それをどう解釈しレメディに結びつければいいのか、未熟な私にはまだ難しい。

 

 

治りたくて、その症状から目を背けたくても背けられなくなる時は、治るタイミングが来ているので、簡単なキッカケで治ることができます。

 

でも、まだ背けていられるほどに、大きな苦しみでなければ、治ることを邪魔します。

 

彼女の場合一日中苦しかった症状は、仕事の邪魔にならない程度に改善し、ちょっとの間苦しいのを我慢すれば治ってしまうのですから…

 

 

治療も行き詰まりだな…

この時間は、今みて取れる症状から自分の未熟な部分に磨きをかける時間なのだな。

 

 

私自身も、自分の嫌な症状があるけど、まだ「嫌」というレベルで、見て見ぬ振りすることができるレベルの問題を抱えていました。

 

でも彼女の症状と向き合わない姿が、鏡のように私を苦しめました。

 

それでハッとしました。

やっと治るタイミングが来たんだなって。今度はちゃんと向き合えるかな。

アロマセラピスト

私の仕事はアロマセラピストです。

仕事を始めてもうすぐ10年になります。

 

始めたキッカケは自分の夢とかではなかったけど、この仕事が今までで一番長く続けていて、自分に合っていると思えています。

 

もうすぐ同僚が辞めてしまいます。何人も送り出してきて感じることがありました。

 

 

今のお店は2店舗目で、初めてセラピストとして働き始めたお店は別のお店でした。

最初に働いたお店は、アロマテラピーを教わった学校の系列のお店でした。アロマテラピー職業訓練校で学んで、その大元の学校で更に学んで、学費を払いながらその系列店で働きました。

 

技術に自信がなかったので、未熟者の自分を雇ってもらえる事はただ感謝でした。

*アロマトリートメントは、主訴(お悩み)をお伺いし精油を選んで植物油に混ぜて希釈し、身体に伸ばしてトリートメント(手入れ)するのですが、慣れるまで難しい技術です。

 

最初は技術を磨く事で必死でした。修行だと思って、お金は二の次で経験を積みました。

 

経験が積まれてきて心に余裕が出てくると、自分の働く環境についていろいろ考えるようになり、そのお店を辞め、今のお店を見つけました。

 

今は、「私はアロマセラピストです。」と胸を張って言えますが、最初に勤めたお店は違いました。

途中アロマトリートメントについて少し説明を挟みましたが、「1.精油を2.主訴に合わせて選び3.植物油に希釈して」この3つをちゃんとさせてもらえませんでした。

 

精油はちゃんと「精油」を使っていましたが、業務用のマッサージオイル(化学合成油)に、予め希釈された数種類の香りから、お客様に好きな香りを選んで頂くものでした。

これはアロマテラピーとは言えません。

 

でも、本物のアロマテラピーは経費がかかります。精油も植物油も100%植物由来です。工場で生産されるものではありません。また天然なので、栽培にもコストがかかり、更にオーガニックなど品質にこだわると、更に経費はかかります。

 

でも、身体に使うもの。肌から浸透し、体内に吸収され、身体を良い方向に導くものです。品質を無視する訳にはいきません。

 

最初に勤めたお店は、技術には定評がある人気店でしたが、技術にしか目を向けない店舗に疑問を感じ、個人サロンの開業を夢見るようになり、実際個人サロンを経営されている方に受けに行くなどして情報収集などして、今のお店に出会い、今のお店で満足して働くことができています。

 

満足して働くことはできていますが、100%かと聞かれるとそうではありません。

本当のアロマテラピーを提供したければ経費がかかる事は避けれません。経費の削減が難しい中経営するには、人件費が削られます。

問題はお給料が少ないことです。

 

でも、お給料が少ない事については、私は納得しています。誠実にお仕事をすれば、信用信頼に繋がります。それがお客様に求められ続けることに繋がり、生活の安定に繋がります。それができれば今のところ私には十分なのです。

 

でも、同僚は低賃金のため辞めていきます。

セラピストを辞める人、違うお店を探す人。

 

お店によっては、高給が頂けるところもあるようです。きっと、化粧品など営業ノルマがあったり、高給をいただけるだけのサービスがあるのでしょう。私はそう考えます。

 

 

 

アロマセラピストって、どんなイメージなんでしょうか?

私の現実が、アロマセラピストの現実なのでしょうか?